top of page
第25回国際墨画会展 受賞作品
作品の上でクリックすると拡大表示され、お名前やタイトル、コメントを見ることができます
Click on the work to enlarge it and you can see the artists' name, the title of the work and the artist's comments.


外務大臣賞/ Foreign Minister Award

鎌滝琴蘭 『青の夕べに』
今回このような賞を頂きましたこと、大変嬉しく思います。
私の住むオーストラリアのメルボルンから車で1.5h程のところに、ブルーロータスウォーターガーデンという毎年約3か月間限定でオープンするパークがあります。数年前クラスで蓮を取り上げた時に生徒の方から教えてもらったのですが、やっと昨年末のオープン初日に行くことができました。シーズン始めで寒い日だったので満開ではありませんでしたが、様々な色や大きさの蓮に魅了されました。特に光を浴びて、透明感の増した花弁や葉はとても美しく、午前中だけ花開くとも言われますが午後まで楽しめ、一晩中咲いているのではないかと思わせるほどでした。そこで夕暮れの青が増し、姿を見せ始めた月の光を集めて咲き誇るブルーロータスを想像しながら描き上げました。
私の住むオーストラリアのメルボルンから車で1.5h程のところに、ブルーロータスウォーターガーデンという毎年約3か月間限定でオープンするパークがあります。数年前クラスで蓮を取り上げた時に生徒の方から教えてもらったのですが、やっと昨年末のオープン初日に行くことができました。シーズン始めで寒い日だったので満開ではありませんでしたが、様々な色や大きさの蓮に魅了されました。特に光を浴びて、透明感の増した花弁や葉はとても美しく、午前中だけ花開くとも言われますが午後まで楽しめ、一晩中咲いているのではないかと思わせるほどでした。そこで夕暮れの青が増し、姿を見せ始めた月の光を集めて咲き誇るブルーロータスを想像しながら描き上げました。
文部科学大臣賞 / MEXT Minister's Award

中野真紀 『藤の香る頃』
毎年地元の藤棚を眺めては、何年も藤を描く事を見送っていました。
今回ようやく形になり、さらには素晴らしい賞まで頂けたことを心より嬉しく思っております。
私は水墨画では大まかな構図が固まると、何枚も描きながら仕上げるやり方です。 枚数を重ねる過程で、最初決めた構図から位置を調整したり、要素を増やしたり減らしたりしながら描きたいイメージがより具体的になっていきます。
作品に取り組みはじめた頃は、藤の花を綺麗に描きたいということばかりでしたが、よく観察するほどに茂る葉やつるの曲線に貪欲な生命力やおもしろさを感じ、その印象を作品の中に残したいと思うようになりました。マメ科らしい複数の葉の連なりは、筆遣いで特に苦労したところです。
藤は描くほど奥深いモチーフで、今度はまた違う表現方法で藤の作品に挑戦したいです。
最後に国際墨画会展に参加する機会を頂きありがとうございました。毎年の参加を通じて大きな学びになっています。これからもよろしくお願いします。
今回ようやく形になり、さらには素晴らしい賞まで頂けたことを心より嬉しく思っております。
私は水墨画では大まかな構図が固まると、何枚も描きながら仕上げるやり方です。 枚数を重ねる過程で、最初決めた構図から位置を調整したり、要素を増やしたり減らしたりしながら描きたいイメージがより具体的になっていきます。
作品に取り組みはじめた頃は、藤の花を綺麗に描きたいということばかりでしたが、よく観察するほどに茂る葉やつるの曲線に貪欲な生命力やおもしろさを感じ、その印象を作品の中に残したいと思うようになりました。マメ科らしい複数の葉の連なりは、筆遣いで特に苦労したところです。
藤は描くほど奥深いモチーフで、今度はまた違う表現方法で藤の作品に挑戦したいです。
最後に国際墨画会展に参加する機会を頂きありがとうございました。毎年の参加を通じて大きな学びになっています。これからもよろしくお願いします。
東京都知事賞 / Tokyo Governor's Award

岩切千恵 『生気遠出』
ー2025年の夏、篆刻の高先生に教えていただきながら「生気遠出」の印を彫りました。この印を押した作品を描きたかったからです。ー
コメントは以上です。
作品もあっさりしていますがコメントもあっさりしています。
実際はこの絵に落ち着くまでに紆余曲折ありましたがそれを詳しく説明すると「あっさり」が「こってり」になり最後に「がっかり」になってしまうかもしれません。理想の一つは、見る人が自分の作品の前で足を止めて思い思いに想像しながら「じっくり」画面の世界に入ってくれるような絵を描くことです。その意味ではまだ「すっきり」しすぎて濃度が物足りなかったかもしれません。
最後に、今回素晴らしい賞に選んでいただいたこと大変嬉しく、この作品を審査し評価してくださった先生方に感謝致します。
コメントは以上です。
作品もあっさりしていますがコメントもあっさりしています。
実際はこの絵に落ち着くまでに紆余曲折ありましたがそれを詳しく説明すると「あっさり」が「こってり」になり最後に「がっかり」になってしまうかもしれません。理想の一つは、見る人が自分の作品の前で足を止めて思い思いに想像しながら「じっくり」画面の世界に入ってくれるような絵を描くことです。その意味ではまだ「すっきり」しすぎて濃度が物足りなかったかもしれません。
最後に、今回素晴らしい賞に選んでいただいたこと大変嬉しく、この作品を審査し評価してくださった先生方に感謝致します。
国際墨画会展25回記念賞 / 25th Exhibition Anniversary Award

森 小華 『宵闇』
水墨画を初めて四十年余、若いころはスケッチに出掛けたり、写真を撮ったりと楽しい日々を送ったこともありました。
国際墨画会に参加させていただくようになり早二十五年が過ぎました。書道との両方を嗜みながらの二十五年。
墨・紙・顔彩など思考錯誤の日々でした。今回「記念賞」をいただけるとは、ほんとうに思いもよらぬ大きな喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。心より御礼申し上げます。
さて今回の「宵闇」について申し上げます。以前から雀・竹・それに対する画賛を好んで描いてまいりました。どちらかと言うと日中元気に飛んでいる雀より、夕方から静かに休む姿の方が好きです。闇の中の雀、竹笹のそよぐ様により風を感じさせることなどできたらいいなと思いました。
白抜きはドーサ液を使ったり、また濃いめの牛乳を使ったりしています。描いてから二日程よく乾かしてから霧吹きで紙全体に水を引き、乾き具合を見ながら薄い墨を入れました。特に何の技法もありません。水の乾き具合を見ながら仕事を進めることだけを気にして仕上げることです。
国際墨画会に参加させていただくようになり早二十五年が過ぎました。書道との両方を嗜みながらの二十五年。
墨・紙・顔彩など思考錯誤の日々でした。今回「記念賞」をいただけるとは、ほんとうに思いもよらぬ大きな喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。心より御礼申し上げます。
さて今回の「宵闇」について申し上げます。以前から雀・竹・それに対する画賛を好んで描いてまいりました。どちらかと言うと日中元気に飛んでいる雀より、夕方から静かに休む姿の方が好きです。闇の中の雀、竹笹のそよぐ様により風を感じさせることなどできたらいいなと思いました。
白抜きはドーサ液を使ったり、また濃いめの牛乳を使ったりしています。描いてから二日程よく乾かしてから霧吹きで紙全体に水を引き、乾き具合を見ながら薄い墨を入れました。特に何の技法もありません。水の乾き具合を見ながら仕事を進めることだけを気にして仕上げることです。
国際墨画会展25回記念賞 / 25th Exhibition Anniversary Award
国際墨画会大賞 / Association Grand Award

緒方昌子 『友達』
この度は栄えある賞を賜り、感謝を申し上げます。
私の作品作りの最中には、毎回「もうダメかも知れない」と思う瞬間が訪れます。
たいがい壮大な完成イメージに対して、経験や実力がついていかないためです。
今回も、半年前に吟味して万全の準備で臨んだ紙が、半年前と同じ効果を出さず、途方にくれました。
そこで家にあった唯一の全紙に、半ばやけになって墨を置いたところ、面白い効果が出たので、そこに一縷の望みをかけてなんとか仕上げました。
紙が変わったことで効果が変わり、もともと描く予定だったユキヒョウは鹿になり、森だけのつもりだった景色の半分は湖になりました。
私の作品作りの最中には、毎回「もうダメかも知れない」と思う瞬間が訪れます。
たいがい壮大な完成イメージに対して、経験や実力がついていかないためです。
今回も、半年前に吟味して万全の準備で臨んだ紙が、半年前と同じ効果を出さず、途方にくれました。
そこで家にあった唯一の全紙に、半ばやけになって墨を置いたところ、面白い効果が出たので、そこに一縷の望みをかけてなんとか仕上げました。
紙が変わったことで効果が変わり、もともと描く予定だったユキヒョウは鹿になり、森だけのつもりだった景色の半分は湖になりました。
国際墨画会準大賞 / Association Semi Grand Award

遠藤智美 『8』
私は、頭の中に浮かぶイメージやコトバを、ひとつずつ作品としてカタチにしていきます。
今年は「火と水」、「虚と実」という相反するエネルギーが強く立ち上がり、
にじみによって"虚"の龍を、細描によって"実"の龍を表現し、対峙する双龍といたしました。
創作の終盤に届いたコトバがあります。それは、末広がり・無限・始まりを象徴する「8」。
この数字が示す循環と広がりが、作品の時空をつなぐ"ひとつの環(わ)"となりました。
制作の途中で降りてきたコトバたちとともに、この作品を楽しんでいただけましたら幸いです。
「8」
対なるものが
交わるとき
エネルギーが生まれ
世を照らす
世を創造するため
新たな光が必要
混沌の中で
虚と対峙し
真理を見つけ
己の道標とす
生きとし生けるもの
生命(いのち)の循環の中で
済生が始まる
カオスの中で
新たな価値観が現れ
誠となる
大義を以て進め
新たなる世の
夜明けは近し
今年は「火と水」、「虚と実」という相反するエネルギーが強く立ち上がり、
にじみによって"虚"の龍を、細描によって"実"の龍を表現し、対峙する双龍といたしました。
創作の終盤に届いたコトバがあります。それは、末広がり・無限・始まりを象徴する「8」。
この数字が示す循環と広がりが、作品の時空をつなぐ"ひとつの環(わ)"となりました。
制作の途中で降りてきたコトバたちとともに、この作品を楽しんでいただけましたら幸いです。
「8」
対なるものが
交わるとき
エネルギーが生まれ
世を照らす
世を創造するため
新たな光が必要
混沌の中で
虚と対峙し
真理を見つけ
己の道標とす
生きとし生けるもの
生命(いのち)の循環の中で
済生が始まる
カオスの中で
新たな価値観が現れ
誠となる
大義を以て進め
新たなる世の
夜明けは近し
高井俊文 『恒久 醍醐寺五重塔』
この度は国際墨画会準大賞という栄えある賞を賜り大変光栄に存じます。
御礼申し上げます。
以前、長谷川等伯の襖絵を見るために京都醍醐寺をおとずれました。その際、境内奥のほうにある五重塔まで足を伸ばしました。目にしたのはバランスよく安定、重厚な感じで鎮座する威容ある美しい姿でした。
この塔は10世紀中ごろ創建され、応仁の乱の戦禍を無事にまぬがれ、2018年近畿地方直撃し、境内の樹木が数千本も倒れてしまったという台風21号大災害時も耐え抜きました。それは伝来の建築技術に負う堅牢さによることは明らかですが、それ以外にも目には見えない不思議な力に守られ、悠久の時を刻んできたのだろうと思わずにはいられません。
そんな五重塔を画題に選びました。数々の大地震や台風にも耐えてきたのですが、これだけ大きな建物を支えている建築構造の主要部は実際のところ一切金具を使わず、中心の心柱と各階層を支える複雑に入り組んだ木組みのみによります。それだけに見事な建築美というものを感じますが、描くとなると非常に複雑な構造になっています。だからと言って設計図をひくような精密さは本筋ではないし、かといってあまり大雑把で不明確すぎてもこの塔の美しさ、堅牢さを表現できないと思い、その兼ね合いのバランスに悩み、注意しながら描きました。
また1000年の長きにわたって今も存在し得ているのはおそらく物理的な建築技術だけでは語りきれないなにか不思議さ、神護、霊験なのか人智をこえたものに守られてきたからだと思います。そのような荘厳さを少しでも表現できるようにと、背景の樹木は柔らかみある自然さを強調するよう心掛けました。しかし気持ちや感情を絵に表現するのはやはり簡単にできることではなく難しいと実感しました。今後もこの点に留意し励んでいきたいと思います。
御礼申し上げます。
以前、長谷川等伯の襖絵を見るために京都醍醐寺をおとずれました。その際、境内奥のほうにある五重塔まで足を伸ばしました。目にしたのはバランスよく安定、重厚な感じで鎮座する威容ある美しい姿でした。
この塔は10世紀中ごろ創建され、応仁の乱の戦禍を無事にまぬがれ、2018年近畿地方直撃し、境内の樹木が数千本も倒れてしまったという台風21号大災害時も耐え抜きました。それは伝来の建築技術に負う堅牢さによることは明らかですが、それ以外にも目には見えない不思議な力に守られ、悠久の時を刻んできたのだろうと思わずにはいられません。
そんな五重塔を画題に選びました。数々の大地震や台風にも耐えてきたのですが、これだけ大きな建物を支えている建築構造の主要部は実際のところ一切金具を使わず、中心の心柱と各階層を支える複雑に入り組んだ木組みのみによります。それだけに見事な建築美というものを感じますが、描くとなると非常に複雑な構造になっています。だからと言って設計図をひくような精密さは本筋ではないし、かといってあまり大雑把で不明確すぎてもこの塔の美しさ、堅牢さを表現できないと思い、その兼ね合いのバランスに悩み、注意しながら描きました。
また1000年の長きにわたって今も存在し得ているのはおそらく物理的な建築技術だけでは語りきれないなにか不思議さ、神護、霊験なのか人智をこえたものに守られてきたからだと思います。そのような荘厳さを少しでも表現できるようにと、背景の樹木は柔らかみある自然さを強調するよう心掛けました。しかし気持ちや感情を絵に表現するのはやはり簡単にできることではなく難しいと実感しました。今後もこの点に留意し励んでいきたいと思います。


山﨑由美子 『百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ』
昨年、国際墨画会会長賞をいただき、今年は国際墨画会準大賞をいただきまして、ありがとうございます。
斎藤茂吉の短歌、「沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ」8月15日の終戦の日から1か月もしない頃、疎開先の山形で詠んだ短歌です。これを画題にしました。
あさがお、藤、葡萄、瓢箪などのツルものは動きがあるので描いていて楽しいです。最初、ドーサ引きの全紙に描いたのですが、うまくいかず、二層画宣でかきました。大きな筆で真っ黒い葡萄の葉を描き、幹は竹の筆で渇筆でゴツゴツ感をだしました。
斎藤茂吉の短歌、「沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ」8月15日の終戦の日から1か月もしない頃、疎開先の山形で詠んだ短歌です。これを画題にしました。
あさがお、藤、葡萄、瓢箪などのツルものは動きがあるので描いていて楽しいです。最初、ドーサ引きの全紙に描いたのですが、うまくいかず、二層画宣でかきました。大きな筆で真っ黒い葡萄の葉を描き、幹は竹の筆で渇筆でゴツゴツ感をだしました。
国際墨画会会長賞 / Association Chairperson's Award

伊藤はるみ 『早咲きの春』
この度は国際墨画会会長賞という素晴らしい賞をいただき大変嬉しく思っております。
これまで旅先でたくさんの桜を見てきました。
三大桜を巡り、三春滝桜、 山高神代桜 、 根尾谷淡墨桜に長い歴史を感じ、吉野山で見た、山の麓から頂まで途切れることなく咲いていた満開の桜の記憶は今も心に残っています。旅先で出会う感動だけでなく、身近な場所に咲く桜も毎年私の心を和ませてくれます。
そして春の訪れを感じさせる河津桜、淡いピンク色の花びら、心をやさしく包み込むような、その満開の河津桜を今回の画題に選びました。
満開の桜を見る度いつか作品にしたいと願っていたものです。
桜の花びら1枚1枚に生命を吹き込む気持ちで描きました。
ここ数年、思うように制作が進まず悩むこともありましたが、これからも楽しみながら制作を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。
これまで旅先でたくさんの桜を見てきました。
三大桜を巡り、三春滝桜、 山高神代桜 、 根尾谷淡墨桜に長い歴史を感じ、吉野山で見た、山の麓から頂まで途切れることなく咲いていた満開の桜の記憶は今も心に残っています。旅先で出会う感動だけでなく、身近な場所に咲く桜も毎年私の心を和ませてくれます。
そして春の訪れを感じさせる河津桜、淡いピンク色の花びら、心をやさしく包み込むような、その満開の河津桜を今回の画題に選びました。
満開の桜を見る度いつか作品にしたいと願っていたものです。
桜の花びら1枚1枚に生命を吹き込む気持ちで描きました。
ここ数年、思うように制作が進まず悩むこともありましたが、これからも楽しみながら制作を続けていきたいと思います。
ありがとうございました。
田宮晶子 『照』
この度は国際墨画会会長賞を賜り、誠に有難うございます。
今回は『神鹿』を描きました。
昨今の世相の影響もあり、少しでも救いを感じられる被写体を描きたいと感じたことが切っ掛けでした。
そこで神の意志を人へ届ける役目の『神使』、特に『鹿』に強く心惹かれました。
『神使』と尊ばれる一方『害獣』と疎まれる二面性をもった存在。そして奈良の鹿が一部SNS上で話題になったこともモチーフ決定の大きな要因となりました。
「雄鹿の角」は春から生え冬に抜け落ちる事から「生命と再生の象徴」とされ、「火」は古代から「浄化と再生」として考えられてきました。
そんな意味も意識し、「日輪に照らされ炎の中に立つ神鹿」に明るい未来を願い自己流の吉祥画として表現してみました。
画材には、鹿膠で作られた鹿墨をベースに用い、炎のたらし込みには鹿膠、毛は山馬筆、と鹿から恵みを受け描かせて頂きました。
毎回描き終わる度に思いの強さに反し表現しきれず、技術的・精神的未熟さに地団駄踏んでおります。
その度に更なる精進を心に強く誓います。勿論、今回も同様ですが、それに加え魅力的な鹿達の虜となり愉しんでいる自分に気付きました。
好きなものを描くことは何とも幸せな事。暫くは、表情豊かな鹿達を愉しく、しつこく、愛をもって追いかけていこうと思っております。
今回は『神鹿』を描きました。
昨今の世相の影響もあり、少しでも救いを感じられる被写体を描きたいと感じたことが切っ掛けでした。
そこで神の意志を人へ届ける役目の『神使』、特に『鹿』に強く心惹かれました。
『神使』と尊ばれる一方『害獣』と疎まれる二面性をもった存在。そして奈良の鹿が一部SNS上で話題になったこともモチーフ決定の大きな要因となりました。
「雄鹿の角」は春から生え冬に抜け落ちる事から「生命と再生の象徴」とされ、「火」は古代から「浄化と再生」として考えられてきました。
そんな意味も意識し、「日輪に照らされ炎の中に立つ神鹿」に明るい未来を願い自己流の吉祥画として表現してみました。
画材には、鹿膠で作られた鹿墨をベースに用い、炎のたらし込みには鹿膠、毛は山馬筆、と鹿から恵みを受け描かせて頂きました。
毎回描き終わる度に思いの強さに反し表現しきれず、技術的・精神的未熟さに地団駄踏んでおります。
その度に更なる精進を心に強く誓います。勿論、今回も同様ですが、それに加え魅力的な鹿達の虜となり愉しんでいる自分に気付きました。
好きなものを描くことは何とも幸せな事。暫くは、表情豊かな鹿達を愉しく、しつこく、愛をもって追いかけていこうと思っております。

国際墨画会顧問賞 / Association Advisor's Award

池田十詩子 『穏』
この度は映えある賞を頂戴し誠に光栄に存じます。
ジャーマンアイリスの咲く丘で穏やかに過ごす羊たちの静謐な「時」を描きました。
余白の美や墨絵特有の滲みなどをいかす作品を思い描くのですがいざ筆を取るとなかなか自分の思い通りにはいかず、長い道のりになりそうですがこれからも勉強を続けていきたいと思っています。
ジャーマンアイリスの咲く丘で穏やかに過ごす羊たちの静謐な「時」を描きました。
余白の美や墨絵特有の滲みなどをいかす作品を思い描くのですがいざ筆を取るとなかなか自分の思い通りにはいかず、長い道のりになりそうですがこれからも勉強を続けていきたいと思っています。
出水秋水 『鵜飼』
この度は栄誉ある賞をいただきありがとうございます。
岐阜城のふもとを流れる長良川の、鵜飼の様子を描きました。
闇に浮かぶ篝火、キラキラと光る水面、躍動する鵜たち、それを見下ろす城……。
描きたいものはすぐに決まりましたが、鵜を描くのが思いのほか難しく、試行錯誤しながら描き上げました。
作品を提出してしばらく経ったある日、地元の川縁の電線で、黒い鳥たちが数羽のんびりと休憩しているのを見かけました。
一瞬、カラスかと思いましたが……あのシルエットは!!
間違いなく鵜でした。
鵜飼に使われるのは海鵜だそうで、川にいる川鵜とは違う所も多いと思います。
ですが、あんなに描くのに悩んだ鳥の仲間がこんなに近くにいたとは!
もし私が鵜を描いていなければ、「カラスが休んでいるな」としか思わなかったかもしれません。
絵を描くことで、日常の景色も違って見えるものですね。これからも描き続けて行きたいと思います。
岐阜城のふもとを流れる長良川の、鵜飼の様子を描きました。
闇に浮かぶ篝火、キラキラと光る水面、躍動する鵜たち、それを見下ろす城……。
描きたいものはすぐに決まりましたが、鵜を描くのが思いのほか難しく、試行錯誤しながら描き上げました。
作品を提出してしばらく経ったある日、地元の川縁の電線で、黒い鳥たちが数羽のんびりと休憩しているのを見かけました。
一瞬、カラスかと思いましたが……あのシルエットは!!
間違いなく鵜でした。
鵜飼に使われるのは海鵜だそうで、川にいる川鵜とは違う所も多いと思います。
ですが、あんなに描くのに悩んだ鳥の仲間がこんなに近くにいたとは!
もし私が鵜を描いていなければ、「カラスが休んでいるな」としか思わなかったかもしれません。
絵を描くことで、日常の景色も違って見えるものですね。これからも描き続けて行きたいと思います。

中国美術報社賞 / Art News of China Award

菊地静子 『忐忑』
このような非常に栄誉ある賞を頂きまして身に余る光栄で大変恐縮でございます。
緊迫した空間の中で起こる、上の鳥の心のドキドキ感と下の鳥が心に抱く不安感が表現出来たらいいなと思って描きました。「忐忑」という単語は中国語でビクビクするとか気がもめるという意味ですが、この二つの漢字の構成がとても明瞭にアップダウンして気が気でない不安な気持ちを表現していると思いました。弱肉強食の世界の中でも、実は狙う者も狙われる者もそれぞれ不安な心を抱えているのではないかと思います。
緊迫した空間の中で起こる、上の鳥の心のドキドキ感と下の鳥が心に抱く不安感が表現出来たらいいなと思って描きました。「忐忑」という単語は中国語でビクビクするとか気がもめるという意味ですが、この二つの漢字の構成がとても明瞭にアップダウンして気が気でない不安な気持ちを表現していると思いました。弱肉強食の世界の中でも、実は狙う者も狙われる者もそれぞれ不安な心を抱えているのではないかと思います。
島田加奈子 『長崎壱岐・龍光大神』
オーストラリアへ移住して約20年。海外から日本を見つめるほど、その深さと美しさへの敬愛が増してきました。故郷・長崎県への恩返しの気持ちから、世界で唯一「七本爪」を持つという壱岐・龍光大神(りゅうこうおおかみ)を描きました。
神無月、全国八百万の神々が出雲へ向かう前に壱岐島へ集結するという、その霊的な力強さを、陰陽の構図で表現しました。制作後に「8」という数字が龍と深く結びつくと知り、目に見えない導きを感じております。
「風の時代」に世界をリードする日本が、縄文の心を取り戻すことを祈り、カタカムナ・ウタヒ第五首を画讃に添えました。
背景の表現に幾度も向き合いながら、木越先生のご指導のおかげで完成へと導かれました。このような名誉ある賞をいただき、心より感謝申し上げます。
神無月、全国八百万の神々が出雲へ向かう前に壱岐島へ集結するという、その霊的な力強さを、陰陽の構図で表現しました。制作後に「8」という数字が龍と深く結びつくと知り、目に見えない導きを感じております。
「風の時代」に世界をリードする日本が、縄文の心を取り戻すことを祈り、カタカムナ・ウタヒ第五首を画讃に添えました。
背景の表現に幾度も向き合いながら、木越先生のご指導のおかげで完成へと導かれました。このような名誉ある賞をいただき、心より感謝申し上げます。

朝日新聞社賞 / Asahi Shimbun Company Award

瀬知エリカ 『採蓮図 二〇二六』
「泥(自我・外部)と蓮(無我)は共にある」という普遍的な思想に惹かれ、画題に選びました。
本作では、あえて描き尽くさないことで生まれる余白を重視しています。
天女の「手」と「着物の裾」のみを見せる“見切れ”の構図を用いることで、画面外の存在や気配を観る人それぞれに想像していただければと考えました。
蓮の清浄さと泥の現実性、その両方が同時に存在する世界観を表現しています。
本作では、あえて描き尽くさないことで生まれる余白を重視しています。
天女の「手」と「着物の裾」のみを見せる“見切れ”の構図を用いることで、画面外の存在や気配を観る人それぞれに想像していただければと考えました。
蓮の清浄さと泥の現実性、その両方が同時に存在する世界観を表現しています。
田中祐子 『ベルリンの壁 モノクローム』
この度は栄えある賞をいただきありがとうございます。
昨年10月にフランクフルト在住の娘夫婦を訪ねた際、ベルリンへの負の遺産を巡る3日間の旅に誘われました。
胸を締め付けられる悲惨な歴史に触れ、最後に訪れた場所がベルリンの壁でした。
2つの壁の間には、「死の帯」と呼ばれる脱出不可能な仕掛けが幾重にも施されていて、この壁を前にしてどれ程の市民の方が絶望と恐怖に打ちひしがれたことか、しばらくはその場を動けませんでした。
記憶が失せないうちにぜひ描いてみたいと思い、今回の題材としました。
鉛色の空と東ベルリンを象徴するテレビ塔。多くの涙を吸ったであろう無機質なコンクリートの壁。これらをどのように表現するのか試行錯誤を繰り返しました。
麻紙に何度も水を張り、墨を少しずつ重ねていきました。
壁面を伝わるツタは希望が根を広げていくかのように表しました。
これからも日常の何気ない景色から、心を揺さぶられる深い感動まで、常にアンテナを張り巡らせ自由に描いていきたいと思います。
昨年10月にフランクフルト在住の娘夫婦を訪ねた際、ベルリンへの負の遺産を巡る3日間の旅に誘われました。
胸を締め付けられる悲惨な歴史に触れ、最後に訪れた場所がベルリンの壁でした。
2つの壁の間には、「死の帯」と呼ばれる脱出不可能な仕掛けが幾重にも施されていて、この壁を前にしてどれ程の市民の方が絶望と恐怖に打ちひしがれたことか、しばらくはその場を動けませんでした。
記憶が失せないうちにぜひ描いてみたいと思い、今回の題材としました。
鉛色の空と東ベルリンを象徴するテレビ塔。多くの涙を吸ったであろう無機質なコンクリートの壁。これらをどのように表現するのか試行錯誤を繰り返しました。
麻紙に何度も水を張り、墨を少しずつ重ねていきました。
壁面を伝わるツタは希望が根を広げていくかのように表しました。
これからも日常の何気ない景色から、心を揺さぶられる深い感動まで、常にアンテナを張り巡らせ自由に描いていきたいと思います。


Vivienne Schadinsky 『Summerbird』
I am deeply grateful for this wonderful award. Thank you very much.
The work forms part of a wider project, a meditation on change. It draws on nature's symbols of transformation to reflect on our shifting climate. A butterfly descends toward the sky leaving a flower. A reminder that even summer, like everything we know, is changing.
The work forms part of a wider project, a meditation on change. It draws on nature's symbols of transformation to reflect on our shifting climate. A butterfly descends toward the sky leaving a flower. A reminder that even summer, like everything we know, is changing.
墨運堂賞 / Bokuundo Award

池田雅江 『深山春望図』
山奥の社、夜はわずかに聞こえる水の流れる音、時には鳥の声、そして初春。そんな雰囲気が出せたらいいなと思いました。しかし、当然ながら、落ち着きにかけた色使いなど十分に表現できませんでした。
伊勢神宮は20年ごとの遷宮のため用材としての樹木を育てている。また宮大工はこの間、技能を枯渇させないための努力をする。不断の努力、歴史の継承という言葉を実感した旅行でした。
社の裏にある杉山は大切な場所として色を濃くした。
塊として雑木林は洛中洛外図の雲のように配置して昇っていく様子が伝わるといいなと思いました。
あれこれと夢のようなことばかり、思いばかりが膨らみ、表現する力量もなく、もっとたくさんの作品を見て先人の努力、思いを感じられるようになりたいと思っています。
伊勢神宮は20年ごとの遷宮のため用材としての樹木を育てている。また宮大工はこの間、技能を枯渇させないための努力をする。不断の努力、歴史の継承という言葉を実感した旅行でした。
社の裏にある杉山は大切な場所として色を濃くした。
塊として雑木林は洛中洛外図の雲のように配置して昇っていく様子が伝わるといいなと思いました。
あれこれと夢のようなことばかり、思いばかりが膨らみ、表現する力量もなく、もっとたくさんの作品を見て先人の努力、思いを感じられるようになりたいと思っています。
高橋奈苗 『富貴孔雀図』
この度は素晴らしい賞に選出いただき、誠にありがとうございます。大変光栄に存じます。
古くから花鳥画で愛されてきた「鳥の王」である孔雀と、「百花の王」である牡丹。この二つの強い画題を一つの画面に描き上げたいと思い、本作に挑戦いたしました。
制作にあたり、写真では捉えきれない孔雀の羽の構造を確認するため、正月に帰省した折に動物園へ足を運びました。色の少ない真冬の景色の中で、一際鮮やかに映える孔雀の姿に思わず見入ってしまい、手がかじかむ寒さの中、必死にスケッチをしました。
実際の制作では、その色彩の鮮やかさを墨の濃淡だけでどう表現するかに苦心しました。また、存在感のある孔雀と牡丹のバランスを保つことにも難しさを感じましたが、とても良い経験になりました。
今回いただいた賞を励みにして、これからももっと魅力的な墨の表現を目指して、描き続けていきたいと思います。
古くから花鳥画で愛されてきた「鳥の王」である孔雀と、「百花の王」である牡丹。この二つの強い画題を一つの画面に描き上げたいと思い、本作に挑戦いたしました。
制作にあたり、写真では捉えきれない孔雀の羽の構造を確認するため、正月に帰省した折に動物園へ足を運びました。色の少ない真冬の景色の中で、一際鮮やかに映える孔雀の姿に思わず見入ってしまい、手がかじかむ寒さの中、必死にスケッチをしました。
実際の制作では、その色彩の鮮やかさを墨の濃淡だけでどう表現するかに苦心しました。また、存在感のある孔雀と牡丹のバランスを保つことにも難しさを感じましたが、とても良い経験になりました。
今回いただいた賞を励みにして、これからももっと魅力的な墨の表現を目指して、描き続けていきたいと思います。


雅淡ジェノ 『幽霊との出会い』
I must admit I was truly surprised — and deeply grateful — to have been selected to receive this prestigious award at the 25th edition of this exhibition. I could not have achieved this without the unwavering support and guidance of our sensei, Yumiko Kigoshi. I am truly fortunate to have crossed her path.
This piece demanded a great deal of experimentation — countless tests across different papers and techniques before I found what I was looking for. I poured a part of myself into this work, and it fills my heart to see it recognized in such a meaningful way.
My piece depicts a yurei gazing upon us, conjuring a mysterious and elusive atmosphere — unsettling, yet never disturbing. The supernatural has always stirred something deep within me: those forces we can neither control nor explain. I am well aware of how profoundly the supernatural permeates Japanese culture, and I devoted myself to extensive reading on the subject in order to understand yūrei as fully as I could, and to pay sincere homage to a tradition that fascinates me.
I invite everyone to seek out お雪の幻 (Oyuki no Maboroshi) by Maruyama Ōkyo, and to read the story that accompanies it.
This piece demanded a great deal of experimentation — countless tests across different papers and techniques before I found what I was looking for. I poured a part of myself into this work, and it fills my heart to see it recognized in such a meaningful way.
My piece depicts a yurei gazing upon us, conjuring a mysterious and elusive atmosphere — unsettling, yet never disturbing. The supernatural has always stirred something deep within me: those forces we can neither control nor explain. I am well aware of how profoundly the supernatural permeates Japanese culture, and I devoted myself to extensive reading on the subject in order to understand yūrei as fully as I could, and to pay sincere homage to a tradition that fascinates me.
I invite everyone to seek out お雪の幻 (Oyuki no Maboroshi) by Maruyama Ōkyo, and to read the story that accompanies it.
bottom of page